2017年02月20日

トランプの通訳


2月18日付けジャパンタイムズにトランプさんの通訳者たちが苦労しているという記事が載っていました。

一人の通訳者(つるた ちかこ氏)は
He is so overconfident and yet so logically unconvincing that my interpreter friends and I often joke that if we translated his words as they are, we would end up making ourselves sound supid
(彼は自信過剰でそれでいて論理的な説得力がないので、通訳仲間たちとよく冗談を言い合うのですが、彼の言葉をそのまま訳していたら、そのうち、私たち自身がバカみたいに聞こえてしまうねと)

と、おっしゃっています。

こういう心配はオバマ大統領のときには無縁だったようです。

トランプ氏の言葉遣いはこんな風にまで言われています。

In fact, it is no secret that "Trumpese"--as his phraseology is called--is by and large simple, characterized by repetition, easy grammar and elementary-level vocabulary.
(実際、彼の言葉遣いは憚ることなく「トランピーズ」と呼ばれ、それは概ね、平易で、繰り返しが多く、文法も単純で、語彙は小学校程度というものだ)

かなり辛辣ですね。この語彙力、カーネギー・メロン語学技術協会というところで発表した数値によると、大統領の中で最低だというのですが、驚いたのは文法力は下から2番目だというのです。彼より低い大統領がいたの?だれ?となりますよねえ。

The study also described his grammatical level as grade 5.7, the second-worst after George W. Bush, who barely topped the fifth-grade level.
(研究ではまた彼の文法レベルを(7段階評価の)5.7としているが、これはジョージ・W・ブッシュについで2番目に低い数値である。ちなみにブッシュはかろうじて5を超える程度である)

ジョージ・W・ブッシュと言えば、親子二人いますが、きっと息子さんのほうですよねえ〜

ただ、通訳の方々がもっと頭を悩ませるのは、話題があまりにも跳びすぎる(論理を追えなくなるらしいです)ことと、その侮蔑的言葉遣いだということです。

NHKの「ニュースで英会話」でもお馴染みの鳥飼久美子さんもインタビュに応えています。

通訳者としての心構えを次のように語っています
You set aside all your personal emotions and become the speaker yourself. It's a really tough thing, not being allowed to demonstrate your own judgment about what is right and what is wrong. And that's why I quit.
(個人的な感情は脇に置き、話し手自身にならなければなりません。それはとても大変なことです。善悪に関して自分の価値判断を表明することは許されないのですから。それで私はやめました)

鳥飼さんは86年に通訳のお仕事をやめているのですね。

しかし、こういう意見の通訳者(みしま あつし氏)もいらっしゃいます。

通訳の第1の目的は話し手自身として訳すということだと認めながらも

If a certain word is deemed a banned phrase per the policy of a TV station I translate for, I usually tone it down, although I do make my best effort to retain its original impact
(もしある言葉が雇用主であるテレビ局の規則に反した禁止用語にあたる場合、私は通常言葉のトーンを落とします。もちろん、話し手が発したインパクトを保持するよう最大限の努力はしますが)

放送禁止用語に関しては予めテレビ局と対処の仕方を取り決めておいたほうがいいかもしれませんね。特にトランプさんのような人を通訳するときには!

posted by Monterey at 13:00| Comment(4) | Japan Times | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月09日

Take me out to the nosebleeds


ニューヨーク・タイムズの国際版10月7日付け新聞にスポーツライターWill Leitch氏がTake me out to the nosebleedsというタイトルのコラムを載せていました。nosebleedにスタジアムやコンサートホールの座席で、グラウンドやステージからは遠く高い位置にある低価格で買えるシートという意味があるんですね。

このコラムが私好みの内容だったので、紹介したくなりました。(また、疑問もあったのでそこもお知恵があれば拝借したいです)

まずは筆者の子供時代の思い出から始まります。

When I was a kid, ...., my dad had a reward for me. He'd wake me up at 6 a.m. on Sunday ...We'd packed a cooler, ... and drive the two-plus hours from central Illionois to the old Busch Stadium in St. Louis.
(子供のころ、父は私にご褒美をくれた。日曜の朝6時に私を起こし、二人でクーラーボックスを車に詰め込み、2時間以上かけてイリノイ州の中央部からセント・ルイスのブッシュ・スタジアムまで車を走らせるのである)

We'dと過去の習慣を表すwouldが使われていました。

自由席のチケット(general admission ticket)は当時6ドルと手頃なものであったが、それだけに、試合開始2時間前に球場に行って列に並ばなければいけなかったのだそうです。

...it required an all-day commitment .... Only the truest fans were willing to occupy the cheapest seats. Not surprisingly we saw the same people in line every Sunday and cheered the Cardinals on with them ... We even shared binoculars.
(それは1日がかりの覚悟が必要だった。真のファンでなければ安いシートに座る気にはならない。当然、毎週日曜日同じ顔ぶれがチケットを求める列に並び、私たちは一緒にカーディナルズの応援をした。時には双眼鏡の貸し借りもした)

時は流れて、今では退職した父と試合を見るにしても、試合直前まで球場の近くのバーでビールを飲んで、それからゆっくりと球場に向かう。指定席だから場所とりのために走ることもない。

And you know what? Different people sit next to us every time. Sometimes they're even, the horror, Cubs fans.
(さらに言えば、私たちの隣には毎回違う人が座る。時には、あの恐ろしいカブスのファンが座ることもある)

カブスと言えば、ジャパンタイムズに楽しいコラムを寄せていたトーマス・ディランさんが熱狂的ファンだったチームだ!たぶんカブスの本拠地シカゴがイリノイ州だから、ブッシュ・スタジアムと近いので、登場したのだと思うけど、ひょっとして、日本の阪神ファンのようにカブスファンは暴走することで有名だったりして。

In my years as a fan, and as a sportswriter who eschews the press box at every opportunity, I've found it a far more engaging place to watch a game than down with all the fancy folks in business attire clutching tickets that were comped by whatever corporation they're in town for a meeting with. The nosebleeds are where you find the diehards, the devotees, the one who are watching even when their team is down. Especially when their team is down.
(私は、ファンとしても、また記者席をできるだけ避けたいタイプのスポーツライターとしても、試合を見るには外野自由席のほうがはるかに集中できると実感している。下の方にはビジネススーツを着た面々が陣取っており、その手には町の商取引で企業からもらった只券を手にしている。彼らの席よりはずっと集中できる。ここには、筋金入りのファンが座っていて、チームの負けが込んでいるときでも応援し続けている。いや、チームの負けが込んでいるときこそだ)

ここら辺でコラムの主題が明確になってきますね。

こういった熱心なファンの一例として、ニューヨークメッツの話が出てくるのですが、そこがよくわかりませんでした。

メッツは、新しくスタジアムを建設した2009年以来初となるプレーオフ進出を今年果たすのですが、去年までの5年間成績が低迷しており、観客数も少なかったとのこと。今年は好成績に伴ってプレーオフも多くのファンが球場に足を運ぶだろう

For the playoffs, though, Citi Field will be packed, with the most expensive tickets of the stadium's whole life span reserved for Mets fans (and others) who seemingly just noticed that Queens hosts a baseball team.

下線部がわかりません。後半は、この球場がクイーンズ地区にあるらしいので、そこにあることも今回はじめて知ったようなにわかファンということのようで

「クイーンズに野球チームの本拠地があることにも最近気づいたばかりのようなメッツファン(や敵チームファン)に高額なチケットは予約されて」という付帯状況を表すwithなのかなあと思うけど・・・

6年前に建設されたばかりなので、球場としての寿命はこの先かなり長いと思われますが、その寿命がつきるまで長きに渡って、ということ?ofの意味もわからない

外野自由席は売店(concession)やトイレの数も少なく、決して便利な席ではないけれど・・・不便な点などを数々あげつつ、コラムはこんな最後で結んでいました。

But the real stories will be in the upper deck, from the ones who were there all along. You might not get a foul ball up there. But you'll get everything else.
(しかし、本当の物語はあの高いところに位置するシートにあるはずだ。常にチームを応援してそこにいたファンの物語だ。そこは遠すぎてファールボールをキャッチすることは無理かもしれない。でも、そのほかのすべてがここにある)

素敵じゃあないですか!にわかファンも、悪くはないですよね。ブームに乗って一緒に楽しむのもいいと思います。でも、だれも振り向いてくれないときでも、熱狂的に応援しているファンっていいなあ・・・

ちょっと、下線部の訳が自信ないんですけど・・・



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2015年08月02日

コーヒー


8月1日付けジャパンタイムズの記事です。

¥100 conenience-store coffee fuels Japan java sales

というタイトル。javaって(入れた)コーヒーという意味があるんですね。

ここで着目したのが、ある高校の先生の声「コンビニのコーヒーをスターバックスの4倍は飲んでいます」という部分。

もし、私がそう言いたかったら、どう言っていただろう?と思い、英作文してみました。

I drink convenience store coffee four times as much as that of Starbucks.

かなあ。ただし、ミントン氏だったかの指摘も気になる。氏は、前半でcoffee of convenience storesとしているのなら、後半にthat of Starbucksと持ってきてもいいけど、そうでないのなら、こういう文はバランスが悪いと述べておられた。

さて、ジャパンタイムズの記事では

...he drinks coffee from the shops(convenience stores) four times as often as from Starbucks Corp., ...

このfromが自分で作ろうとしたとき、出てきたかなあと、これを読んだとき思ったのでした。

その後、

When I want to have a good coffee, I escape from the school to get it at a convenience store.

となっていました。ここのa good coffee"a"も、出てきたかなあ。不可算名詞の前に形容詞がつくと、そのような種類のという意味合いが出るので、不定冠詞がつきやすいというけど、とっさに、出てくるかなあと、思ったしだいです。

同じく、記事の後半で、

Salarymen and housewives are saying that coffees at Starbucks and other chain cafes are too expensive to buy everyday

と出てくるのですが、ここのcoffeesの複数も自分で表現できるかなあ。スターバックスのコーヒーといっても、種類はたくさんありますからね。

不可算名詞を可算扱いするときは、ちょっと勇気がいります。

salarymmenは、英語としてどうなの?とも思いますが、ジャパンタイムズの読者が日本にいる外国の方や私のような英語学習日本人なので、問題ないのかな。

posted by Monterey at 21:26| Comment(4) | Japan Times | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月03日

escalator


4月1日付けジャパンタイムズの記事

タイトルはOsaka may switch sides in long-standing standoff over escalator use

タイトルだけでは、なんの話か想像できませんでした。

本文はこんな書き出し。

The Osaka Metropolitan Government is considering an ordinance that would compel people in the country's second-largest city to stand on the left side of escalators and use the right when passing others.
(大阪府は市民に対しエスカレーターでは左側に立ち、追い越し通路として右側を使用するよう義務付ける条例を視野に入れている)

なんで、今さら?なんでその必要が?と思ったら、次にその理由が

Officials said Tuesday that the move would put Osaka in line with Tokyo and put an end to confusion by tourists in the lead-up to the 2020 Olympics.
(当局が火曜日に語ったところによると、この動きは2020年のオリンピックの布石として東京と歩調を合わせ、観光客の混乱を取り除こうとするものだという)

なるほどねえ。でも、条例作らなくても、エスカレータの様子を見れば、観光客もすぐに察しがつくんじゃないの?・・・とも思ったけど、不慣れな外国旅行をしている人たちの中には混乱する人もいるかなあ?条例で決まれば、「右側は追い越す人たちのために開けてください」と英語の標識も作られるだろうし、親切なのかなあ。

などと、思いながら、記事を読むのはここでストップしてしまいました。

翌日、英会話のクラスでエイプリルフールの話となりました。そういえば、毎年のように、ウソの記事を掲載するジャパンタイムズだけど、今年はなにか載せたのだろうか?(と、この時はエスカレータの記事のことはすっかり忘れていた)と、再度確認して、すっかり騙されたことに気づきました。

ちなみに、記事はこのあと、なぜ、東京は左、大阪は右に整列するのか、その理由は江戸時代にまで遡るとして、武士が左脇に差していた刀との関係をもっともらしく説明していました。

最後はJR西日本の広報の人の話として、

the company is creating a mascot, tentatively named Hidaridesse, to remind Osakans of the shift to the left. Designs under discussion include an egret with its beak pointing to the left and a flamingo standing on its left leg.
(会社はマスコットを作成し、とりあえず「ヒダリデッセ」と名づけました。大阪の人に左に移行することを覚えていただければと思います。検討されているマスコットのデザインには嘴を左に向けている白さぎや左足で立っているフラミンゴなどがあります)

と締めくくっています。

egretがわからなかったので、辞書を調べたのですが、「白さぎ」でした。大阪のお隣の観光スポット「白鷺城」をイメージしたのかなと最初は思いましたが、「詐欺」とかけたのでしょうね。

楽しい記事をありがとうございます!



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2015年01月17日

a vehicle to like


ジャパンタイムズの木曜版は映画評が載ります。

ちょっと気になっていた映画The Judgeの評が載っていました。

このコラムは3人の人が書いているのですが、どの方も表現方法が難解。その中でも私が難しくてわかりずらいなあと思うKaori Shoji(たしか、returneeの方)さんがこの映画評を書いています。

今日もわかりずらかった〜と思ったので、ご紹介します。

There is a point in a woman's life--specifically, mine--when surprises in movies and in dates are just not all that welcome anymore. Which is why "The Judge" is a vehicle to like--very, very much. Robert Downey Jr. faces off with Robert Duvall in a patriarchal angst-ridden mystery thriller set in small-town Indiana.

ここまで読んで、お勧めしているのか、あんまり面白くないよって言っているのかさえ、わからなかった。ちなみに、総合評価で星3つ(満点5つ)

とくに、a vehicle to likeの箇所がどういう意味なのかわかりませんでした。

vehicleを文字通り「乗り物」と訳してはまったく意味が通じないので、辞書に頼る。

「伝達手段」とか「表現手段」という意味があるんですね。

英辞郎で検索すると

a vehicle to help
役に立つための手段

vehicle to reach
〜のところに運んでいってくれるもの

などの例が出ていました。helpreachはここでは自動詞だけど、この場合のlikeは他動詞だと思われます。

すると

He is hard to please.「彼は機嫌が取りにくい」のときのように動詞pleaseの目的語は主語He(him)であるというパターンですね。

だから

"The Judege" is a vehicle to like
likeも目的語は映画「ジャッジ」ですね。

ということはWhichから訳すと、「それがこの映画を好きになる理由である」という意味で、「それ」(whichの先行詞)は、「驚きがない」ということを指しているんですね。

それでもまだ、著者がこの映画をお勧めしているのかどうかはわからない。皮肉で言っていることが往々にしてあるので。

それで、先を読む。

There are rewards to be reaped from this story that takes you exactly where you think you're going, and arrives at the moment you think you'll get there.

行き先が読めるということをrewardsご褒美と言っていますが、それも皮肉なのか・・・

So what if there are no detours--much less, speed bumps--along the way? Granted there are no surprises, but it's pretty high on the comfort factor.

ここまで読んでようやく褒めているのかなあと思えてきました。

回り道もスピードバンプで驚かされることもないけど、心休まる要素があるってことですものね。detour, speed bumpが使われているのはvehicleという比喩を使ったからという理由もあるでしょうね。

speed bumpはスピードを出さないように道にわざと設けられている盛り上がった部分ですよね。

もうひと段落。

"The Judge" is the kind of movie to be savoted while deeply ensconced in an upholstered theater seat, with a flask of whisky--a scheme that woud work better if you're a well-to-do, over-40 male, but one can't have everything.

ensconce:身を落ち着ける

upholstere:じゅうたん・カーテンなどで装飾する

flask:携帯用酒瓶
well-to-do:裕福な、何不足ない

ということで、ここを訳してみます。

「ジャッジ」はじゅうたんを敷き詰めた劇場の席にゆったり腰掛けて味わうタイプの映画である。懐からウィスキーの酒瓶でも出して。40を過ぎた裕福な男に、より好まれる筋書きだろう。とは言っても、条件すべてを満たす者はなかなかいないかもしれないが。

ということかなあ。

結局、この映画を好む人はそれほど多くないかもしれないと言っているのかなあ。

最後まで読むと、それなりにいいよ、と言っているようです。

法定のシーンを指して

The scene may be way too contrived for today's cinema but its impact can't be denied. This one will stay with you for a long, long time.
(このシーンは現代映画にしてはわざとらしい感もあるが、そのインパクトは否定できない。この映画は末永く心に残るだろう)

と結んでいます。ここを読むとやはり見てみたいなあと思います。

でも、私の市ではいつ上映されるのか(果たして上映されるのか)未定のようです。DVD化されるまで待たなくてはいけないかなあ・・・

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2014年11月24日

気のせい


11月22日付けジャパンタイムズSo, what the heck is that?にこんな質問が掲載されました。

日本ではあちこちでマスク姿の人を見かけるのですが、風邪対策として効果あるのでしょうか?また、最近、マスク姿の人が増えてきている気がするのですが、気のせいですか?(日本在住のカナダ人からの質問)

マスク姿が近年増えてきている話は、テレビ番組でも取り上げられていて、最近では様々な理由から「ダテ・マスク」というのもけっこう多いという話も報告されていますよね。このコラムでも、そんな話も出てきます。ちなみに、「ダテ」の意味はjust for showと訳されていました。

私が注目した英語のポイントは、「気のせい」

It could be my imagination, but...

なるほどね。imaginationは「空耳」というときに使うのは知っていたけど、「空耳」はすなわち「気のせい」ですものね。

Is it just me, or ...

なんていうのも、使えるかも。

日本人のほうが(質問者の出身地カナダより)風邪にかかる人が少ないのですか?

という質問

Do Japanese catch fewer colds?

と、風邪が複数形になっているところもポイント。

私はかつてテレビで、マスクは人に風邪を移さないという点では効果があるが、移されないという点においてはそれほど効果がない、と聞いたのですが、このコラムによると、政府関係の機関で発表されている数値では、それなりの効果が出ているというものもあるようです。


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2014年08月08日

フロリダのベルサイユ宮殿

8月3日付けジャパンタイムズに”The Queen of Versailles”というドキュメンタリー映画についての記事がありました。

この映画は、フロリダにベルサイユ宮殿を彷彿させる大御殿(寝室30部屋、キッチン10室、ボーリング場、スパなども完備)を建てた大富豪一家の日常をその妻(ジャッキー・シーゲル)を中心に撮影したドキュメンタリーだそうです。これは、2012年のサンダンス映画祭ドキュメンタリー部門で監督賞を受賞ということですから最新作ではないんですね。

監督は写真家出身のローレン・グリーンフィールドという女性。彼女はフロリダのベルサイユ御殿に住む妻に興味を持ちフィルムを回したらしい。なぜ興味を持ったか。

Appearances aside, Greenfield was struck by how Jackie didn’t share the characteristics of the super rich.
“Jackie never cared how things looked. She was a very down-to-earth person.
(見かけは別にして、グリーンフィールドはジャッキーが大富豪に見られる性格を持ち合わせていないことに驚いた。「ジャッキーは人目を全然気にしません。彼女はまったく飾らない人です」)

元モデルでとても美しい。

by all appearances, the trophy wife(見かけから判断して、トロフィー・ワイフだろう)

トロフィー・ワイフというのは、男性が立身出世してその名声により女優やモデルなどの美女と結婚した際の妻のことですよね。オバマ氏が大統領の一期目を狙ったとき、共和党の候補だったマケイン氏はトロフィーワイフを従えていたのだとか。それに対しオバマ夫妻は高校だったか大学だったかの幼馴染。ミッシェル・オバマが夫の学生時代の話を選挙演説で引き合いに出したのだそうです。マケイン氏の妻には決してできない夫の若い頃の話なので、ミッシェルさんはわざとそんな話をしたのではないかという話も。

話がずれました。

上に揚げたジャッキーさんの話。down-to-earthはこの場合辞書によく載っている「現実的な」という意味よりは「気取らない」という意味ですよね(リーダーズ英和には載っていました)

彼女の日常はマクドナルドのドライブスルーに胴長リムジン(stretch limo)で乗り付けたりするようなかんじらしい。(それでも、ハンバーガーは好きなのね!)

映画が公開されると思った以上にシーゲル一家の日常を好意的な反響が多かったそうです。しかし、もちろん否定的な意見もあり、

…some people also think that the life that (the Siegels) lead is outrageous, and more than that, offensive or wrong, and she’s surprised by that. She lives in her own reality, her own bubble, and it’s hard for her to see, ‘why people aren’t just happy for me.’
(シーゲル家の生活はひどいという人もいる。それどころか見ていて気分を害するとか間違っているという人もいる。そしてそんな反応に彼女は驚かされる。彼女は自分の現実の世界に、自分のバブルのなかに生きている。「なぜ世間の人が私の生活を喜んでくれないのか」彼女には理解できない)

下線部に注目。

be surprised at ではなく、be surprised by を使うこともある、というのはたしかTDミントン氏の本で読んだことがあります。その本の説明を私なりに解釈して、この文の下線部を考えてみると・・・

atの場合のsurprisedは形容詞化されてしまっているかんじ。「楽しい」や「悲しい」と同じように「驚いている」という心の状態を表している。byのほうは「驚かす」という動詞の意味が強く残っていて、だれかによって、あるいは何かによって驚かされるというニュアンス。

だから、

She’s surprised at that.(彼女はそのことに驚いている)
She’s surprised by that.(彼女はそのことに驚かされている)

というくらいの違いではないでしょうか。

bubbleは経済的ないつ弾けるかもしれない、いわゆる「バブル」のことでしょうか?ちょっと自信がない。

ところで、このシーゲル一家は子だくさんで、なんと8人の子供がいるのだそうです。そのくらいいても、30の寝室があれば、まったく問題ないけど、そこらへんも、典型的な大富豪とはちょっと違うかも。

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2014年02月24日

チョムスキー博士


ノーム・チョムスキーと言えば、言語学を少しでも齧ったことのある人にとっては、王様のような存在。彼は、専門の言語学の分野だけではなく、政治的にも非常にはっきりと意見を述べる人なんですよね。イラク戦争のときだったか、自分の国アメリカの政策の間違いを鋭く指摘した書物が日本語にも翻訳されて書店に並んでいました。(私、読んでいないけど)

このチョムスキー博士が今回来日するそうで、それに先立ち、ジャパンタイムズが独占インタビューを掲載しました。

まず、博士の紹介の仕方がすごい。

Noam Chomsky was for years among the top 10 most quoted academics on the planet, edged out only by William Shakespeare, Karl Marx and Aristotle.(ノーム・チョムスキーは長年にわたり、地球上の学者の中で引用される回数が多い10傑に入る人物であり、彼に勝るのはシェークスピア、カール・マルクス、アリストテレスくらいだろう)

ねえ、すごい紹介の仕方でしょう。でも、こんな紹介も聞いたことがある。「世界のどこからでも、ピカソ宛に手紙を書けば、「ピカソ様」と書くだけで住所がなくても届く。それと同じでチョムスキーも、名前だけで手紙が届く人物だ」と。

さて、彼のインタビューで、印象的だったところを紹介します。日本との関係を聞かれて

In the early 1940s, as a young teenager, I was utterly appalled by the racist and jingoist hysteria of the anti-Japanese propaganda.(1940年代初頭、10代だった私は人種差別主義者や国粋主義者がヒステリックに反日のプロパガンダを繰り広げているのに、ただ呆然としていた)

The German were evil, but treated with some respect: They were, after all, blond Aryan types, just like our imaginary self-image.(ドイツ人は悪魔だったが、それでもある種の尊敬をもって扱われていた。所詮彼らは金髪の白人。我々自身と同じ姿なのだ)

Aryanはアーリア人、ナチスでは、ユダヤ人ではない白人を指していたそうです。(っていうか、常識?なんか、そういう呼び名を聞いたことがあるような気もする・・・)

Japanese were mere vermin, to be crushed like ants. Enough was reported about the firebombing of cities in Japan to recognize that major war crimes were underway, worse in many ways than the atom bombs.(日本人はノミ・シラミの類。踏み殺される蟻のような存在。これでもかというほど、日本の各都市へ投下された爆弾のニュースが報告され、大々的な戦争犯罪が行われていた。それは原子爆弾よりもひどかった)

自分の国の過ちを冷静に客観的に語っています。そして、原爆よりもひどいと言っていますが、原爆を軽視しているわけではありません。

インタビュアが
I heard a story once that you were so appalled by the bombing of Hiroshima and the reaction of Americans that you had to go off and mourn alone…(広島の原爆とそれに対するアメリカ人の反応に衝撃を受けて、あなたは一人で手をあわせるために日本に来たと聞いています)

と水を向けます。

Yes. On Aug 6, 1945, I was at a summer camp for children when the atomic bombing of Hiroshima was announced over the public address system. Everyone listened, and then at once went on to their next activity: baseball, swimming, et cetera. Not a comment. I was practically speechless with shock, both at the horrifying events and at the null reaction. So what? More Japs incinerated. And since we have the bomb and no one else does, great: we can rule the world and everyone will be happy.(はい。1945年8月6日、広島原爆投下が拡声装置により発表されたとき、私は夏の子供キャンプに参加していました。みな、そのニュースに耳を傾けました。そしてすぐに次の遊びに移っていきました。野球や水泳などにね。ひと言も感想は聞かれませんでした。私はショックで口がきけない状態でした。その恐ろしい出来事にも、また周囲の反応の鈍さにも。だから?またジャップが焼かれただけでしょ?そして、原爆を落としたのは我々。ほかのどの国でもない。すごいじゃない。我々は世界を支配し、そしてみんな幸せになれる)

この件りが、当時のアメリカの状況って、こんなかんじだったんだなあ、と思い知らされますし、そんな周囲の「常識」に染まることなく、ノーム少年はショックを受けるだけの感受性、公平な目をもっていたんだなあということに感動もします。

私も、自国だけの「常識」に染まらず、出来るだけ公平な目をもっていたい、と改めて思ったインタビューでした。

このような記事を載せてくれるから、ジャパンタイムズは、1日遅れであっても、値上げしても、購読し続ける理由となっています。


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2014年01月31日

入院したときの用語


1月27日付けジャパンタイムズのバイリンガルページに、West Langさんが入院したときに出くわす日本語を、英訳を添えて紹介していました。

まず入院前の様子から
「気分が悪い」⇒under the weather
知っていても、使ったことはない表現。昔勤めていた英会話学校の同僚のオーストラリア人は、しゅっちゅう、使う表現だと言っていました。

「だるい」⇒lethargicこれも英会話学校の同僚のアメリカ人が使っているのを一度聞いたことがあった。(当時、知らない単語だったので、それどういうこと?と聞いて説明してもらったことを鮮明に覚えています)

「倒れる」⇒pass out
Rising out of bed, you take two steps forward when the world goes dark and you "taoreru."
となっていて、"taoreru"pass outのことですと説明がありました。

下線部を日本語なら、なんて言うかなあ。「目の前が真っ暗になり」かなあ。それだと、「絶望した」みたいなかんじにもなってしまうけど。逆に、真っ白になりかなあ。いや、それはパニックの時か。気絶したことがないからよくわからない。

それで、「救急車で病院に運ばれる」のですが、そこの表現が面白い。The ambulance whisks you off to an available "byoin"(hospital).whisk: すばやく動く
The mouse whisked into its hole.(急に穴へもぐり込んだ)
Whisk the crumbs off (the table)(パンくずをさっと払う)
She whisked the envelope into a drawer.(その封筒をさっと引き出しに隠した)

wiskって泡立て器の意味もありますが、動詞にそんな意味があったんだあ・・・

その後、入院してからの用語がいろいろ紹介されています。(問診票 medical history form、心電図ECGなど)

へぇーと思ったのは、次の表現。

If you ever need anything, the nurse call button is one click away.なにか必要なときは、ナースコールのボタンをワンクリックすればそれでいい、ということだと思うのですが、one … awayという言い方。辞書で、似たような使い方を確認したところ、ジーニアス英和にこんなのが。

The place to search, explore, and discover is just a click away.(検索し、研究し、発見すべき場所は一度クリックすれば行けるところにあります--オンライン書店の広告)

言いたいことはわかるけど、自分ではなかなか使えそうにない。

病院食の「薄味」はblandと説明していました。そして、その量を「新陳代謝の早い人には足りないかもしれない」と言い、それを英語で下記のように表現していました。

The portions they serve may be a bit insufficient for people with a high metabolism.
「昨日お通じありましたか?」は、以前、どなたかから教えていただいたこともある表現、bowel movementを使って、Did you have a bowel movement yesterday?
そして、最後は「健康第一」で結んでいました。After all health first.と。






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2013年12月29日

たぶん、今年最後の更新


ジャパンタイムズ12月28日付けスポーツ欄に、Jack Gallagher氏のコラムがありました。

タイトルが
Mao must let the triple go for shot at gold in Sochi

先入観というのは恐ろしいです。この見出しを見たとき、「真央ちゃんが金メダルを狙うには、トリプルアクセルを成功させなければ」という意味だと思ってしまいました。go forには、「狙う」という意味があるし、それになにより、トリプルアクセルを成功させないとキムヨナ選手には勝てないと私が思っているからだと思います。

でも、内容を読むと逆。筆者は、彼女が金メダルを狙うのなら、トリプルアクセルは捨てなければならないという論調でした。考えてみればlet ... goは...を手放すという意味ですからね。

しかし、私が取り上げたいと思った英語はそれではなく、この文。

Here is the dilemma: If she could not beat Kim Yu-na in Vancouver when she was hitting the tripe axel, how is she going to do it in Sochi while not being able to land it?

上記を直訳すれば「ここにジレンマがある。もし彼女がトリプルアクセルを跳んだバンクーバーでキムヨナに勝つことができないとすれば、着氷もできないのにどうやってソチで負かすことができるであろうか?」

couldを仮定法ととるかとらないかによって、下線部は「できなかった」という訳にもなると思うのですが、いずれにせよ、バンクーバーではトリプルアクセルを跳んでもヨナさんに勝てなかったというのは事実ですからねえ。このifはどう捉えればいいのでしょうか?

どう考えても「もし」という訳はふさわしくない。流れから言えば、

「トリプルアクセルを跳んでもバンクーバーではキムヨナに勝てなかったのに」というように、譲歩として訳したい。だからといって、Even thoughやAlthoughのような逆説を導くというのとも違うかな。逆説だと、
「キムヨナに勝てなかったけれど、どうやってソチで勝てるのだろうか?」になる。それって、「〜だったのに」と同じと考えるのかあ・・・

「トリプルアクセルを跳んでも勝てなかったのに、どうやって勝つというのだろう?」を自分で英語にしようとすると、どう表現しよう?ちょっと、意訳して、let aloneが使えるかなあ。

She could not beat Kim Yu-na with the success of triple access; let alone without it.

とかはいいのかな。

その意味をeven thoughでも表現できるということなのかな。それが言えるなら、even ifやただのifでもOKとなって、Gallagherさんの書いた英語の意味も理解できるけど。そういうことなのかな。つまり、「・・・でも、〜だったのに、どうやって_するのだろう?」というとき If 〜 when ..., how _?と表現できるということになる。そういうことでいいのかな?(複雑すぎて、自分で使えきれるとも思えないけど)

今年最後の更新が、こんな曖昧な終わり方で、申し訳ありません。

とりあえず、今年1年、読んでくださって、そして、貴重なコメントをくださてって、皆様ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。m(_ _)m

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2013年11月12日

土足厳禁


ジャパンタイムズ日本版に掲載されていた’Shoes-free’ gains traction in US homesという記事から

家に入るときに靴を脱ぐというのは、日本や東アジア(韓国とか、どうでしたっけ?)の専売特許かと思っていました。でも、そんなことはないんですね。この記事によると、タイやその他多くの国で、この習慣は存在しているようですし、米国でも、ミシガンなど雪の多い地域ではmudroomという場所があって、そこに雪のついたブーツなどは脱いで置いてから室内に入るという習慣があるんですね。

今回の記事では、それほど雪の多くないニューヨークなど、全米の大都市やその周辺部にも、靴を脱ぐという習慣が少しづつ浸透しているというお話。理由は美観や衛生上の問題など。

家族によってどんなルールを作ろうが、その家の勝手ですが、問題はホームパーティの多いお国柄、ゲストを迎えたとき。

家庭によっては、こんなサービスをしているようです。

Classy hosts with a no-shoes rule hand out “guest socks” or inexpensive slippers that folks can take home.
(センスのいいホストの場合、靴脱ぎルールを採用しても、お客さまが家に持って帰ることができる「ゲストソックス」つまり安価なスリッパを手渡す)

家に持って帰ることができるというところがポイントの気がします。いったん、他人が足を入れた履物を別の人に使ってもらうのは忍びない。あるいは、他人が履いたものを自分が履くのは嫌だ、という気持ちが働いているのでは?と思いました。病院などで、だれが履いたかわからないスリッパに平気で足を通す日本の習慣には抵抗あるだろうなあ・・・

靴脱ぎルールのある家庭がゲストを招いた場合の注意点として、

Put a chair by the door. Don’t make guests hop unbalanced on one shoe while taking off the other.
(戸口に椅子を置くこと。片足の靴を脱いだ状態で、お客さまがバランスを崩してよろめかないようにしなければならない)

毎日、靴を着脱している私たちにとっては、椅子などなくても簡単に靴を脱ぐことができますが、それは単に慣れの問題?と思いつつ、よく考えると、日本家屋の場合、昔風に言う「上がりかまち」というものが、あって、玄関内でも、まだ靴を履いている状態の場所と、脱いで室内に入る場所は段差があるんですよね。その段差をうまく利用して脱いだりしているかな。靴ひもをほどかないと脱げない場合は、上りかまちに腰をかけるしね。

しかし、この風潮に異議を唱える人たちもいます。

エチケットの専門家の意見。
It is the height of tacky to invite guests to your home and then require that they remove anything more than outdoor attire.
(自宅にお客さまを招待しておきながら、外套以外のものを脱ぐように要求するのは悪趣味以外のなにものでもない)

さらに、
It is one thing to ask me to leave my L.L. Bean boots at the door for a super bowl party held during a snowstorm in New England. It is another to ask me to remove my heels at a cocktail party where everyone is dressed in suits and dresses.
(ニューイングランドの吹雪の日、スーパーボウルを一緒に見ようと集まった家の戸口で、LL Beanのブーツを脱ぐように言われるのと、招待客がみなスーツやドレス姿のカクテルパーティでハイヒールを脱ぐように言われるのとでは大きな違いがある)

… is one thing, and … is anotherの応用編ですね。

たしかに、ドレス姿にスリッパは間抜けなかんじがしますが・・・

別の専門家。

OK, I get it for upstairs area or bedrooms or even if you’re Japanese. But if you’re my American friend who just wants a clean floor, forget about it. It’s a power play and no,you don’t get to undress me.
(2階だとか、寝室だとか、はたまたホストが日本人だというなら納得もします。でも、ホストがアメリカ人の友達で、ただ床を汚したくないからという理由なら、無視します。これは力関係の問題であり、だれも私を脱がせることはできません)

powe playって、力関係と訳してみましたが、それでいいんですよね?

他人の家で靴を脱ぐ習慣のない人たちにとって、それは、無防備で落ち着かないものなのかな。なにも、下着姿になれと言っているわけではないけど、それっぽい、居心地の悪さがあるのかなあ・・・その心地悪さは、私たちには理解できないことなのかも。

いいものですけどね、靴を脱いで家を清潔に保ち、なおかつ寛げるというのは。(時々、ズボンの裾を裃みたいにひきづってしまって、惨めな姿になることもあるけど)





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2013年10月29日

nail-biter


土日に野球の日本シリーズが行われました。ジャイアンツ1勝、イーグルス1勝の五分。ジャパンタイムズ北海道版は、26日土曜日の第1戦を3日遅れで本日29日に配達される(日付は28日付け)というなんとも間の抜けたものになっています。(これはもう慣れっこですけど)

巨人が勝ったこの試合、アンチ・ジャイアンツの私ですが、使える表現がけっこうあったので、取り上げてみたいと思います。ただし、だれのセリフか、どっちのチームの話かは、野球に興味ない方もいらっしゃいますし(興味ある方は、選手名もどちらのチームのことかも察しがつくと思うし)省略します。


The rookie only made a few mistakes, but when he did, the Yomiuri Giants were there to take advantage.
(ルーキーの失投はほんの数球だったが、読売ジャイアンツはそれを見逃さなかった)

were there to take advantage は、「ちゃんとそこにいて、(失投を)利用した」というようなニュアンスでしょうか。「チャンスを見逃さない」「すかさず利用する」というときは、be there to take advantage が使えるかな。

…the games should all be close and exciting and not decided until the last out
(試合はどれも拮抗し、面白いものになるだろう。そして、最後のアウトまでどっちに転ぶかわからないだろう)

勝負の行方がわからない、というときに、The games are not decided.という言い方ができるんですね。

It was a nail-biter.
(ハラハラする試合だった)

bite one’s nails だと、心配やイライラにより爪を噛む、という意味なのに、nail-biterになると、ハラハラするもの、面白いもの、という意味が加わるんですね。爪を噛む癖がないので想像できないけど、ハラハラすると、心配になってつい爪を噛んでしまうということなのかな。

I was shaky in the Climax Series.
(クライマックスシリーズでは、不安定だった)

スポーツ記事で、shakyという単語よく見かけます。shakeですから、ガタガタと揺れているかんじですよね。そこから転じて、安定性に欠けることを意味するってことですね。例文としてはshaky evidenceいかがわしい証拠、His Latin has got rather shaky.彼のラテン語はあやしくなってきた。など。

There may have been some surprise when Norimoto, and not Tanaka, was announced as the Game 1 starter, but the rookie put any unease to rest with a brilliant performance.
(第1戦が田中ではなく則本と発表されたときはいささか驚きが生じたかもしれない。しかし、このルーキーは素晴らしいピッチングでその不安を吹き飛ばした)

put …to rest …を抑える

rest with …で、…次第である、という意味もあるんですね。でも、ここでは、restwithの間は意味上切れるようです。


I was happy with my performance, but there are some things I have to reflect on.
(自分のピッチングは良かったとは思うが、反省点はいくつかある)

「反省する」は、英語に直しづらいなあと日常思っている表現のひとつ。ここでは、reflect onを使っていますね。

I was glad we put ourselves on the board first because Utsumi-san was hanging in there.
(内海さんががんばっていたので、先取点が取れて嬉しかった)

個人的には、ここbecauseでつなげるのは(日本語ではいいのかもしれないけれど、英語としては)不満だけど(嬉しかった理由は内海投手が頑張っていたことではなく、内海投手の頑張りに報いることができたことだと思う)、それは脇に置いて、hang in thereに注目。これって、「頑張って」Hang in there!と、励ますときの決まりフレーズかと思っていました。このように、文の一部に組み入れても使えるんですね。(って、当然!?)

Murata gave the bullpen some breathing room later with his homer in the eighth.
(8回、村田がホームランを打ってブルペン投手を楽にした)

give some breathing roomで、息をつく余裕ができた、というかんじですよね。なら、まったく余裕がなかった、なんてとき、I didn’t have any room to breathe.でいいのかなあ。

と、不安だったので、辞書を開く。英辞郎には、have room to breatheで、「呼吸できるスペースがある、一息入れる場所がある、精神的に余裕がある」となっていました。なんとなく、breatheの後に、前置詞が付くのかと思ったけど、いらないのね。

と、日本シリーズは今日第3戦が行われるというのに、まったく、時代遅れの記事でした。


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2013年08月20日

make do


ジャパン・タイムズにWORD DETECTIVEという語源を探るコラムがあります。

今回は「代わりとして用をたす、間に合わせる」を意味するmake doでした。

これは、make dueが語源ではないか?という読者の質問に応じて、語源探索となりました。結論から言うと、そうではなかったようです。使役のmakeに、That will do.などと言う時のdo(「満足である」「間にあう」)を合わせて成り立ってるということで、新しい発見はありませんでした。

ただ、コラムの中で面白い話や表現がいくつか。

まず、make doに関連して紹介された例、Use it up; wear it out; make it do, or do without.(使いきれ、すり減らせ、間に合わせろ、さもなければ使わずに済ませろ)というadage(格言、ことわざ)が印象的でした。

これは、an admirable exhortation against mindless consumerism or the sort of thing you'd see written on the wall of a salt mine.(心ない消費至上主義に対する見事な戒め、あるいは岩塩の壁に書いてあるような種類のセリフだ)と、コラムの著者、エヴァン・モリス氏が言っているのですが、「岩塩の壁に書いてある言葉」って、どういうことだろう?わかりません・・・

「済ませる」という意味のdoに関連して、in a pinchが取り上げられ、その語源にまで及んでいました。

"In a pinch," ..., comes from "pinch" in the sense of "An instance, occasion, or time of special difficulty; a critical juncture; a crisis, an emergency,"
(「切羽詰まって、いざという時に」を表すin a pinchは、特別な困難、重大な局面、危機、緊急事態の場面、機会、瞬間という意味のpinchから来ている)

The "pinch" here is a metaphorical "tight spot," painful constriction of action caused by circumstances
(ここでのpinchは周囲の状況によって引き起こされる行動上の苦しい状態を表す比ゆ的な表現tight spot「苦境にあって」の意味である)

pinchは「つまむ、つねる」という意味で覚えたので、「ピンチ・ヒッター」という時の「ピンチ」は何なのだろう?と思って辞書を引いたことがありました。名詞で「危機、ピンチ」という意味が載っていました。今回、改めて引いてみると、動詞で「困窮させる、苦しめる」という意味があるんですね。

「つねる」→「苦しめる」→「苦境」という具合に意味が加わっていったのかな。

もっとも、「ピンチ・ヒッター」は、ピンチの時に出てくるバッターというよりは、ここぞ打ってくれ!という時に出てくるわけだから、critical juncture重要な局面ということかな。


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2013年07月25日

二刀流


7月23日付けジャパン・タイムズに、我が北海道日本ハムファイターズ大谷翔平選手のオールスターズでの活躍に関するコラム(by Jason Coskery)が掲載されていました。使える表現がいくつかあったので、ご紹介させていただきます。

まず、記事は次の文で始まっていました。

If this year's NPB All-Star Series was about anything, it was about Shohei Otani.
(今回の日本プロ野球機構のオールスターゲームがだれのためのものだったかと言えば、大谷翔平のものだった)

よく、Aに始まり、Aに終わる、みたいな言い方を日本語でしますが、そんな時の英訳にIf ... was about anything, it was about Aと表現できるかなと思いました。

...he was everywhere for the first two nights.
(第1、第2戦ともに、彼は常に注目を浴びていた)

オールスターは3戦あったのですが、この記事は2戦終了後に書かれたものらしいです。「出ずっぱり」という日本語に... was everywhereはどうでしょう。

Otani didn't hold back on the mound either
(大谷はマウンドでも臆することはなかった)

hold back
には「尻込みする、ひるむ」という意味があるんですね。

...he wasn't the only one who came away impressed.
(感動したのは彼[中村紀洋]だけではなかった)

come awayには、「結局[ある感情・印象などをいだいて]去る、離れる、という意味があるんですね。

大谷くんは、今、投手と野手の二刀流という前代未聞のことに挑戦しています。今回のコラムでは、この二刀流を、単にplaying as both a pitcher and position playerと表現していました。

和英辞典で「二刀流」を引くと、a two-sword fencer (fencing)となっていました。

以前、ジャパンタイムズでは、You can't have your cake and eat it, too.という諺をもじって、have-the-cake-and-eat-it performanceみたいな書き方をしていたのを目にしたことがあったんですが、今となっては、はっきり思い出せません。

すごい才能、すごい存在感です、彼は。





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2013年05月28日

corporal punishment


5月26日付けジャパン・タイムズに、日本スポーツにおける体罰に関してロバート・ホワイティング氏の長いコラムが掲載されていました。

私は体罰に関しては無条件で反対なのですが、現在でも日本では、「無条件で」という人は少数派の気がします。多くの人は、ある程度の体罰はそれが教育的なものであれば、あるいは愛情があれば容認されるべきという意見の気がします。

このブログを読む方々は、アメリカ的民主主義に馴染みのある方が多いので、平均的日本人の思想とは違う気もしますが、それでも、ある程度は容認という人が多い・・・のかな?

さて、コラムでホワイティング氏は、自分が目にした、または耳にしたプロスポーツ界の体罰を紹介しています。一番強烈だったのは、今は楽天イーグルスの監督をしている星野氏のエピソード。

当時星野氏は中日ドラゴンズの監督をしていました。新人が一試合で二つのエラーをしました。星野監督は、試合後、選手をスタンド下に集め、その前にエラーをした新人を跪(ひざまず)かせます。そして、平手打ち。最後には監督自身の手が痛くなってそれでやめたというほど。

これを見ていた当時の助っ人アメリカ人スコット・アンダーソン選手が、この新人に、あまりにひどいので警察に通報しようと勧めたのだそうです。すると、その新人の返事

It was an honor to have such a great man as Hoshino educate me. It means he thinks I am important for the team.

(星野監督のような偉大な人に教育してもらえるなんて名誉なこと。私がチームにとって重要である証拠)

文化の差は、こんなに大きいかという衝撃的なエピソード。

英語という観点からの発見は、

Another high school baseball manager, ..., slapped several first-year students for committing crimes such as arriving late to practice and riding two on a bicycle.
(別の高校野球の監督は、・・・練習に遅刻したとか、自転車に二人乗りしたというやってはいけないことをした1年生を数人を平手打ちした)

注目ポイントはcrime

法律を犯す「罪」がcrimeで、嘘をつくなど道徳に反する「罪」はsinだと思っていました。ただ、練習に遅刻するのは、sinになるかなあ?という疑問はあります。わざととは言えない遅刻の場合道徳に反すると言えるのか?と。

crimeには、犯罪のほかに、「悪事」という意味があるんですね。

コラムのほうは、これでもか、というくらいの体罰の実例があげられていて、気が滅入りました。

どうして、こういうことがまかり通るのだろう・・・





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2013年04月29日

違いを楽しむ


4月28日付けジャパンタイムズにプロ野球西武ライオンズに今年加入したブライアン・スピルボーグス(愛称スピリー)選手の記事が載っていました。日本のプロ野球で成功するには、日本の野球そして日本の文化に馴染むこと、と言われますが、それを実践している選手として取り上げられていました。外国語を学ぶということは、その国の文化を学ぶということであり、自国以外の文化・習慣に興味を持つということは絶対条件。そのあたりで、この記事の内容とも通じるところがあるかなと思って、取り上げました。

スピリー選手も、まずは言葉の壁の話をしています。

My Japanese is still a toddler's level," He began the season on the Lions' ni-gun team, which gave him an impromptu crash course in the language.
(「僕の日本語はまだヨチヨチ歩きのレベルだね」彼は今シーズン、ライオンズの二軍からのスタートだった。そこで、彼は即席の日本語集中講座に身をおいた)

crash course: 受験などのための短期集中コース、特訓コース

We have the luxury of having a translator (on the ichi-gun level), But when I was in the minor leagues, I didn't have one.
([一軍では]通訳を付ける特権が与えられるが、マイナーリーグでは通訳はいなかった)

この最後の件り、「そうかあ、oneだよなあ」と、注目。私だったら、流れからつい it と言ってしまいそう。しかし、通訳は人ですから、せめてhim(her)ですよね。そして、I didn't have him.と、口にしてみれば、今通訳してくれている人が当時いなかったっていうわけではなく、だれでもいいけど、通訳やってくれる人がいなかったということなんだから、ここは不特定を表す代名詞oneですよねえ。

記事に戻って、現在、千葉ロッテマリーンズに在籍しているホワイトセル選手は、日本野球に馴染むのにこのように言っています。

They do a lot of things differently. It's not right or wrong. Just go with the flow and get yourself as ready and as prepared as you can.
([アメリカと日本では]たしかに、ずいぶん違う。どっちがいい悪いという話ではない。逆らわずに、そしてできるだけ対応できるよう心の準備をすること)

「逆らわずに」という時に、ラジ講座で学んだgo with the flowが使えるね。

阪神タイガーズのマット・マートン選手も同じようなアドバイスをしているようです。

Keep an open mind and don't get frustrated.
(何にでも心を開き、イライラしない)

スピリーはこのアドバイスを次のように言って感謝しています。

That's really good advice regardless of where you are, if you're in Japan or not.
(あれは本当にいいアドバイスだった。どこにいるかに拘わらず、日本であろうがなかろうが)

ここら辺が、言葉を学ぶ上でも極意かなあと思います。カルチャーショックを受けることもあるけど、それも、「所変われば、違うものだなあ」と感心しつつ、その違いを楽しむ。そうやって、楽しく学んでいきたいものですね。




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2013年04月18日

ジャッキー・ロビンソン


先日、野球の試合を聞いていると、解説者が、日本では背番号に42という数字を選ぶことは縁起が悪いと避けられる傾向があるが、外国からやってきた選手は好んで42を付ける人が多いという話をしてくれました。

なぜこの数字が好まれるかというと、黒人初のメジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンの背番号42がメジャーリーグでは永久欠番となり、付けたくても付けられないから。へぇ〜。

今週の月曜日、そのロビンソン選手を称えるジャッキー・ロビンソン・デーだったんですね。何年か前、この日の試合をニュース映像で見ました。この日だけは、選手全員が背番号42を付けるんですよね。

この日のパドレス対ドジャーズの試合は、ジャパンタイムズで(AP通信経由)このように伝えていました。

The Padres and Dogers kept it clean in the first game between the NL West rivals since their wild brawl last week, with both teams mindful of the significance of playing on Jakie Robinson Day.
(ナ・リーグ西地区のライバル同志パドレス対ドジャーズ戦は、先週の激しい乱闘以来初の顔合わせだったが、落ち着いた試合となった。両チームともジャッキー・ロビンソン・デーにプレーすることの重要性を十分認識していたのだ)

下線部withは、付帯状況を表すってやつですよね。自分では、こんな文なかなか作れないなあ。

先週起こった乱闘というのは相当激しかったようで、ドジャーズのピッチャーは鎖骨を折って全治8週間と診断されたとか。ちなみに、鎖骨はcollar boneと表現されていました。

ジャッキー・ロビンソンの話に戻って・・・

If it wasn't for him, I woudn't be in the position I'm in right now--living a dream, playing a game that I love to play--so I'll always thank him for that," Dogers slugger Matt Kemp said.
(彼がいなかったら、僕は今こんなことをしてはいないだろう。夢を実現させ、やりたいと思う試合に出場できている。その事実に対して僕はいつも彼に感謝している」と、ドジャーズのスラッガー、マット・ケンプは言った)

そして彼はこう続けます。

He knew how to turn the other cheek.
(彼は片頬をなぐられたら、もう一方の頬を差し出すことのできる人だ)

これって、先週の乱闘にかけて言っているのかなあ。それとも、単に、そういう聖書の教えを守る崇高な人物だということかな。

そして最後に

It takes a strong man to do something like that.
(そういうことをするには、強い男にならなくてはいけない)

この「必要とする」というtakeの使い方、自分では出てこないなあ・・・

ところで、この記事には写真が掲載されていて、元バスケットボールの選手、マジック・ジョンソン氏が、ロビンソン未亡人、ハリソン・フォードと一緒に写っていました。そして、キャプションには、ドジャーズのオーナー、マジック・ジョンソンとありました。そういえば、そんな話、耳にしたことあるなあ。マジック・ジョンソンくらい稼げば、プロ野球チームを買うことくらいできちゃうんだろうけど、あえて、バスケットボールチームではなく、野球チームなんだあと、納得するような、しないような・・・大きなお世話ですけど。



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2013年03月24日

as skinny as a rail?


ジャパンタイムズのコラムJapan Lite (by Amy Chavez)より

日本人は、より背が高く、より痩せていく、というコラムです。

まず、コラムは著者のエイミーさんがアメリカに帰ってお父さんに「あの子たち何歳くらいだと思う?」と尋ねるところから始まります。

あの子たちというのはスキーリフトの列に並ぶ、もこもこのスキーウェアに身を包んだ児童のグループ。

ちなみに、もこもこのスキーウェアは、

puffy ski outfits

と表現していました。

お父さんがI'd guess 5と答えたのに対し、エイミーさんはOh, I think they'd have to be 6 or 7と言います。

ここで注目の英語は下線部。

このwouldは辞書でいうところの[主張を和らげる婉曲・丁寧表現]「・・・でしょう」というやつでしょうか。でも、それだったら、I'd think they have to be ...じゃないの〜

あ〜あ、willにしても、wouldにしても、その感覚をつかむのは至難の業だなあ。

wouldはこの直後にも出てきます。

スキーのインストラクターに確かめると、子供たちは五歳児だとのこと。

I'm so used to being around Japanese children, I never would have imagained 5-year-olds could be so big.
(日本の子供たちを見慣れていると、五歳児がこんなに大きい可能性があるとは想像もしなかっただろう)

う〜ん、この下線部も、わかるような、わからないような・・・

I would never know.という婉曲表現もあるのだから、それと同じなのかな。neverwouldの前に出てきているのは、wouldを否定することによって、動詞句have imaginedを否定するより、否定の度合いが強調されるのかなあ。

本文に戻って、

When I first came to Japan 19 years ago, many foreigners commented that the Japanese were so skinny, they looked unhealthy. But skinny as a rail is normal in Japan. And quite healthy too.
(私が19年前最初に日本に来たとき、多くの外国人は日本人が痩せていて不健康に見えると評していた。でも、日本ではガリガリに痩せているのは正常だ。そして、極めて健康的でもある)

というか、アメリカ人が太りすぎて不健康になっているのであって、その基準で日本人を見るからガリガリに思えるだけな気も・・・(まあ、たしかに、若い子たちが、標準体重なのに「痩せたい、痩せたい」と思うのも、問題かもしれないけど)

妊娠している女性も、野球ボールくらいしか宿していないように見えるという件りで、「彼女ら(妊娠している女性)はこちらが考えるよりずっと妊娠月が進んでいる」という英語がこちら(日本語訳も下手ですみません)


they're further along in their term than you'd think.

ちなみに、妊娠何カ月ですか?は
How far along are you?

でしたね?(私、忘れてメモを確認しちゃったけど)

コラムは、日本人がより背がたかく、より痩せていくのに、それでも、アメリカ人より健康で長寿であることを指摘して、

so they must be doing something right. Or maybe, they're doing everything right.

と閉めていますが、まずは食べる量を減らすことではないでしょうかね。




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2013年03月20日

軍手


ジャパンタイムズのコラムSo, what the heck is that? (by Alice Gordenker)より

毎回、日本で見かける不思議な物や習慣について読者が質問し、アリスさんが調査して報告するという形をとっているのですが、今回取り上げられたのはタクシーの運転手がはめる白い手袋、および庭仕事などではめる軍手。どちらも英語ではwhite glovesと表現していました。

運転手が手袋をはめるのは日本だけの習慣だとしても驚かないけど、庭仕事やタイヤ交換の時はどの国でも軍手を用いるでしょう!?

でも、軍手を表す英単語って、そういえば、なんだろう?white cotton gloves?聞いたことないなあ。

テレビドラマなどでは、ゴム手袋で庭いじりなどをしていたっけ?「デスパレートな妻たち」で、ゴム手袋姿を見た気もする。

コラムを読むと、どうやら・・・
軍手は少なくとも英語圏にはないみたい。アリスさんは、軍手のことをこのように説明しています。

(Gunte are) literally "army gloves" but "work gloves" would be a better translation.(中略)People can pick up gunte just about everywhere--in home-center stores, 100-yen shops and even convenience stores--and seem to drop them just as quickly: I'm forever passing flattened ones on the street. In fact I'd venture to say that gunte are the most common type of road kill in Japan, at least here in Tokyo where faster moving targets are rare.
([軍手は]文字通り訳せば「軍の手袋」だが、「作業用手袋」のほうが訳としてはいい。(中略)軍手はほぼどこでも手に入る--ホームセンターや100円ショップ、コンビニでも--そして、簡単に捨てられてしまう。通りに出れば、ぺったんこになった軍手がどこにでも落ちている。実際、日本では軍手ほど道端に落ちているものはない。少なくともここ東京では、(軍手より)速く動く物体はまれなので、出くわす可能性が一番ある「死体」は軍手だ)

road killは車にはねられて路上に死体となって放置されている動物のことですので、ここでは、ユーモラスに捨てられた軍手を表現してみたのかな。たしかに、ローラーで平たく伸されたような軍手の片割れは、たまに見かける光景で、本来のroad killであるはずの犬や猫よりも多く見かけるかも。

foreverは進行形と用いられると、「ひっきりなしに」という意味になるんですね。alwaysも同じような使い方がありますね。「特に嫌な事柄について」用いられる傾向があるというのも、alwaysと同じ。

ちなみに、タクシードライバーの白手袋は、その昔、方向指示器が手動だった時代、手で方向を指し示していたそうで(自転車で道を曲がるとき、そうしなさいと、学校で教えられますけど、それですね)、指示を出した手を見やすくするために白い手袋をはめたのが、ドライバーの手袋のはじめとのことです。

以前も書きましたが、北海道では手袋は「履く」または「する」ものなので、今回「はめる」という慣れない日本語を使うのに抵抗あった〜

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2013年03月12日

さくら、さくら


大学が春休み中なので、できる時は更新しようと、このところ頻繁に更新しています。

3月11日付けジャパンタイムズのコラム(by Kaori Shoji)に、A personal invitation to the I-hate-cherry blossoms clubというタイトルで、日本人の桜に対する固執と桜を理由にしたどんちゃん騒ぎの実態を鬱屈した思いで紹介したものがありました。

このように、日本人はどちらかというと当り前に感じている事柄を、一歩引いた目線で(著者のショージ・カオリ氏は、生粋の日本人ではないかのような印象を受けました)客観的に分析するというのも大切なことだと思うので、(って、それほど大袈裟な記事ではないのだけれど)取り上げさせていただきました。

著者は桜の特徴を次のように解説しています。

Sakura is considered by many to be manly for the way they blossom in hordes, and die out in droves, abruptly and without lingering.
(桜は一度に花開き、そして突然、未練なく一気に散って行くことから、男らしいと思われているようだ)

桜が「男らしい」というのは初耳でしたが、「潔い」というイメージはあります。

hordehoardと勘違いしました。

horde<通例軽蔑的>大集団、多数 a horde of tourists旅行者の集団
hoard貯蔵、買いだめ make a hoard of provisions食物をため込む

「集団で」というのが、いかにも、日本的だと筆者は言います。何事も、みんな一緒にという行動。まあ、言われてみればそのとおり。日本人の欠点でもあり、強みでもあるのかな?

ただ、「未練なく」散って行くかなあ?と、そこは疑問。風雨に耐えて残っている花弁や、力尽きて空中を落ちて行くはらはらとした様子は未練たっぷりのようにも思えるなあ。そこがまた、演歌の世界か。日本人の心に訴えるのかな。

英語としては、最後の部分がチェックポイントでした。

What with record-high levels of pollen and gusts of pollution blowing in from China, this year's hanami promises to be a bummer anyway.
(例年になく多い量の花粉や、中国からやって来る汚染された大気などの影響で、いずれにせよ、今年の花見は熱のこもったものにはならないだろう)

What with A and B: AやらBやらで → 高校の文法書で見かけたことのあるフレーズだけど、実際使われているのはあまり見かけないので、チェックしました。

開花宣言なるもののため、政府の役人が毎日標本木を首をかしげつつ見ている姿をニュースで流すのは、他の国ではないだろうなあ・・・と毎年ちょっと苦笑。その話をかつてアメリカ人にしたら、彼女曰く「アメリカなら、テレビの討論番組で、これは開花宣言に値するとか、いやまだそう呼べない、とか延々議論するかも」と笑っていました。滑稽な光景は日本だけではないか。


さて、最後に、私のとても好きな桜にまつわる俳句を紹介して終わります。(桜の季節にはほど遠い雪の北海道からお届けしました!)

手を打たば
くずれん花や
夜の門
   --渡辺水巴













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